革新的なテクノロジーとクリエイティブな発想が融合し、空間体験の可能性が無限に広がる現代。その最前線には、技術分野の司令塔として活躍する「テクニカルディレクター」という存在があることをご存じでしょうか。
今回は、デジタルプロトタイピングから大規模な空間演出まで、「技術」と「デザイン」の境界を横断し、数多くのプロジェクトを手がけてきたBASSDRUMのテクニカルディレクター・清水幹太氏にお話を伺いました。
清水 幹太
| 東京都生まれ。東京大学法学部中退。バーテンダー/トロンボーン吹き/DTPオペレーター/デザイナーなどを経て、独学でプログラマーに。2005年12月より株式会社イメージソース/ノングリッドに参加し、本格的にインタラクティブ制作に転身、クリエイティブディレクター/テクニカルディレクターとしてウェブサービス、システム構築から体験展示まで様々なフィールドのコンテンツ企画・制作に関わる。2011年4月より株式会社PARTYチーフ・テクノロジー・オフィサーに就任。2013年9月、PARTY NYを設立。2018年、テクニカルディレクター・コレクティブ「BASSDRUM」を設立。 |
清水 幹太
Q1.空間演出の分野で、BASSDRUMはどのような役割を担っているのでしょうか?
清水幹太氏(以下、清水):まず、組織名の「BASSDRUM(ベースドラム)」は楽器の「ベース」と「ドラム」に由来しています。
バンドのなかで目立つのはボーカルやギターじゃないですか。でも私たちはベースとドラム、つまり土台を支えるリズムセクションなんです。
私たちの仕事である「テクニカルディレクター」は、クリエイティブ領域のなかでも技術的な部分を扱う専門職です。しかし、技術はあくまで何かを実現するための「道具」でしかありません。
私たち自身は、道具の使い方を提案する「道具屋さん」だという認識なんです。表現するのはボーカルとギター、つまりクライアントやデザイナーの方々。そのため、私たちはあまり前に出る必要はないと思っています。
Q2. 「道具屋さん」であり「リズムセクション」。従来の制作フローにおいて、技術者の方の立ち位置はどのようなものだったのでしょうか?
清水:それこそが私たちがBASSDRUMを立ち上げた一番大きな理由なんですが、従来の制作フローだと、技術屋さんは「末端」の扱いになりがちでした。
まずプロジェクトを進めたいクライアントがいて、広告代理店さんや施工会社さんが入り、デザイナーさんがビジュアルを固めて、一番最後に「じゃあ、これを作って」と技術屋さんに話が来る。
そうすると技術屋さんのところに話が降りてきた段階で、「いや、それ、既存の技術では実現できませんよ」っていうことが頻発するんです。でも、技術者ってコミュニケーションが苦手な人たちも多い。だから、「できません」で話が終わっちゃう。これが本当に良くないなとずっと思っていました。
Q3.BASSDRUMは、まさにその「企画の初期段階から呼んでもらう技術者」であるテクニカルディレクターを中心にした組織なんですね。
清水: そうです。BASSDRUMは、「テクニカルディレクターを中心とした世界初の組織」 と銘打っています。
先ほどのバンドの話で言うと、私たちは「クリエイティブのバックボーンを支えるリズムセクション」として、あらゆるプロジェクトを技術で形にしていく。それが私たちのスタンスです。
今や何においてもデジタルテクノロジーは不可欠ですが、その分野は細分化しています。だからこそ、アイデアを具現化するためには、多様な技術を複合的に監督できる存在、つまり「技術分野の司令塔」が必要なんです。
私の思うテクニカルディレクターの一番大事な役割は、「クリエイティブ」と「技術」を横断的に理解し、両者をつなぐ『媒介者』になることです。
従来の「末端」の技術者ではなく、「しゃべれる技術屋」として「ぜひプロジェクトの一番最初から呼んでください」と私たちは言っています。
最初から参加すれば、クライアントやデザイナーといった「本当に作りたい人たち」と直接対話ができる。そこで「いや、この企画は実現できませんよ」と言って終わるのではなく、「その目的だったら、こっちの技術の方が適切ですよ」とか、「そのやり方だと予算が合わないので、こうしましょう」という建設的な提案ができる。
技術でアイデアを「どうにかする」。それが私たちの考えるテクニカルディレクターという職業です。
Q4. その「しゃべれる技術屋」「媒介者」としてのスタイルは、清水さんご自身のキャリアに関係しているのでしょうか?
清水:すごく長い話なんですが、短くまとめると、大学は東大の法学部に進んだのですが、自分には向いてないなと感じていました。
それで、花屋さんでバイトでもしようと思い、面接を受けたら落ちまして。たまたまHTMLが書けたこともあり、当時まだ8人くらいだった堀江貴文さんの会社にバイトで入ったんです。そこでWebデザイナーという仕事に触れ、「これだ!」と思ったんですが、会社自体には馴染めず、学生のうちに辞めてしまいました。
今度は「Webデザイナーを目指して近所のデザイン会社でバイトを始めたら、そこは一般的なデザイン会社ではなく、「印刷物」のデザイン会社だったんです(笑)。間違えちゃったんですね。
結局、大学も中退して、フリーランスとして『東洋経済』や『ターザン』を担当して、完全に「雑誌の人」として5〜6年活動しました。
Q5. 雑誌のデザイナーから、どうやって今のテクニカルディレクターに?
清水:フリーランスで雑誌のデザインの仕事をしていたら、ある時「Flashのプログラミングはできませんか?」と相談が来たんです。全くできなかったんですが、「できますよ!」と引き受けてしまって(笑)、1ヶ月くらい必死に勉強してなんとか納品しました。
デザインって答えがないじゃないですか。でもプログラミングは、「動くと褒められる」世界なんですよ。こっちの方が楽しいな、面白いなと思うようになって、それで、ちゃんと就職しようと考えました。当時すでに29歳だったんですが、その頃のWeb業界は全体的に若い人が多く、29歳の未経験者なんて採用してくれる場所はありませんでした。憧れてた会社には全部落ちて、最後に「体力がある人募集」と書いてあったNON-GRIDという会社に「体力ならあります!」と言って入社したんです。
Q6. そこでテクニカルディレクターとしてのキャリアが本格的に始まるんですね。
清水:そうですね。印刷物のデザインを経験したことも、フリーランスでお金の管理をしてきたことも「回り道」のように見えますが、結局は全部が今の仕事に活きたんです。
会社には若いプログラマーがたくさんいましたが、彼らはお客さんと対話することが得意ではなく、デザイナーの意図を汲むことも難しい。私は、プログラミングも理解しつつ、デザイナーと話すこともできて、お金の話題にも対応できる。
そうしているうちに、2006年に渋谷で実施された「BIG SHADOW」という、自分の影がドラゴンになるという屋外広告のプロジェクトに関わる機会がありました。
あれはWebサーバーとの連動が必要で、プロジェクターの設置もあり、非常に複雑なプロジェクトでした。どの会社も受けたがらなかったのですが、それをうちのチームが引き受けることになったんです。
私はエンジニアの予定や技術的な状況をすべて把握して、「どうにかする係」として司令塔を務めました。その経験から、こういう複雑なプロジェクトを束ねる人が必要なんだと気づいて、自分で「テクニカルディレクター」という肩書きをつくり、名乗り始めたんです。
すると、そのポジションに想像以上の需要があった。そこから「やっかいなプロジェクト」に次々と呼ばれるようになり、ありがたいことに多くの賞もいただきました。
Q7. BASSDRUM設立はその後ですね。
清水:そうです。その後、クリエイティブ集団の「PARTY」を共同設立したりもしたんですが、いろいろと思うところもありまして...。
日本のクリエイターは、どれだけ実績を積んでも、行き着く先が「ワイドショーのコメンテーター」だったりするんですよ(笑)。それが嫌で、ニューヨークに拠点を移しました。
ニューヨークでは8年くらい活動しながら、日本の優秀なテクニカルディレクターを集めて何かできないかと考え、「副業」として始めたのがBASSDRUMだったんです。
その後コロナ禍になり、アメリカの仕事が全部なくなった時に、日本では「VRをやりたい」「AIで何かしたい」といった相談が「何でもできる道具屋さん」であるBASSDRUMに殺到し、それをきっかけに日本に戻り本業になった、という流れです。
BASSDRUM インスタレーション関連実績(抜粋)
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今回は、BASSDRUMのテクニカルディレクター・清水幹太氏の異色のキャリアを伺いました。
一見すると回り道が多く見えるその経歴こそが、デザインも、技術も、お金の話もわかる、「しゃべれる技術屋」としてのスタンスを形成しました。
その清水氏が共同設立したBASSDRUMは、「テクニカルディレクターを中心とした世界初の組織」です。従来の制作フローの「末端」だった技術者が、プロジェクトの「一番最初から参加する」ことで、クリエイティブと技術の「媒介者」となる。まさに清水氏のキャリアそのものと言えます。
第二部では、清水氏が日本法人の代表に就任した欧州発・空間体験設計のプロ集団「jangled nerves(ジャングルドナーブス)」についてお話を伺います。janglednervesの空間デザイン哲学、そしてBASSDRUMとの化学反応について深く掘り下げていきます。
どうぞお楽しみに!




映像や空間演出を手掛けるプロデューサー兼ディレクター。
ProAV Picksでは各種展示会や製品情報のレポートを中心に紹介。