映像音響機器のシステム設計・施工から、イベント演出、機器レンタルまでをトータルに手掛けるプロフェッショナル企業、株式会社シーマ。同社は2026年7月3日・4日にかけて、石川県能登町で開催された伝統行事「あばれ祭」のライブ配信を自社主導の自主企画として実施しました。
本記事では、この先進的な取り組みの背景と技術的挑戦について、株式会社シーマ プロジェクト開発推進室 プロダクト開発推進グループのお二人にオンライン取材を実施しました。
ご協力いただいたのは、技術現場やレンタル機材管理において約30年のキャリアを持ち、本プロジェクトを牽引された上野 正幸 氏 と、同グループでアドバイザーを務める田井 源太郎 氏 です。
プロダクト開発推進グループ 上野 正幸 氏 |
プロダクト開発推進グループ 田井 源太郎 氏 |
復興への祈りと、熱気あふれる「あばれ祭」の伝統
今回のライブ配信プロジェクトの根本には、能登半島地震からの復興支援と、地域文化の継承という強い思いが存在します。
地震の影響により、一時期は地域社会や伝統行事の維持が危ぶまれる事態となりました 。しかし、「能登の熱狂と復興への勇気を全国・世界へ届けたい」「避難等で現地に来られない方々にも祭りの熱気を共有したい」という想いから、シーマは自社の機材と技術を投じた持ち込み企画としてライブ配信をスタートさせました。
配信の舞台となった石川県能登町宇出津(うしつ)の「あばれ祭」は、能登を代表する極めてダイナミックな夏祭りです。
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💡あばれ祭:
石川県能登町宇出津で毎年7月に開催される約350年の歴史を持つ伝統的な神事 。巨大なキリコや神輿を荒々しく扱う様からその名がつき、能登を代表する奇祭として知られる。
| あばれ祭の1日目は、高さ約10mにも及ぶ巨大な灯籠山車「キリコ(切籠)」が、広場に設置された大松明の周囲を乱舞します 。夜空に火の粉が舞い散る中をキリコが巡行する光景は圧巻です。 そして続く2日目は、荒々しく担がれる神輿が登場。海や川へ投げ込まれたり、壁にぶつけられたりしてあえて激しく壊されます。壊れれば壊れるほど神様が喜ぶとされる、全国的にも異色の神事です。 |
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上野氏は、配信の反響について次のように語ります。
「神社や道や川で夫が暴れ回る一方で、家では妻が宴会の料理準備を進めています。その女性陣から、配信によって祭の様子を初めて見たと喜びの感想をいただきました。そして、テレビ中継ではカットされがちな神事の細部や現地の生の空気感を届けることで、離れた場所にいる方々にも大変喜んでいただきました。」
実際、配信のコメント欄には「故郷の祭りを母親と一緒に見ている」「帰省できないがライブ配信で救われた」といった温かい声が多数寄せられたといいます。
低コスト&高品質を叶える「3拠点リモートプロダクション」
💡リモートプロダクション:
撮影現場の映像・音声信号をIPネットワーク経由で遠隔地のスタジオやデータセンターへ伝送し、現場以外の場所でスイッチングや音声ミックスなどの制作業務を行う手法 。現地への人員・機材輸送コストを大幅に削減できる。
従来の現地中継車による集中運用ではなく、石川県能登町「あばれ祭会場」「特設スタジオ」と、大阪「シーマテクニカルセンター」の3箇所をIPネットワークで統合したシステムを構築しました。
上野氏は、この複雑な構成の意図をこう説明します。
「現地に大人数の技術スタッフや巨大な中継車を送り込むコストを削減しつつ、大阪の安定した環境で高度なオペレーションを行うことが目的でした 。現地のカメラ映像を一度クラウドに上げ、大阪で受けて絵作りをします 。それを能登の現地にいる解説者へ送り直し、彼らの音声を乗せたものを再び大阪へ戻してYouTubeで配信しました 。物理的に離れた3拠点で映像と音声の遅延を同調させる作業は非常に骨が折れました。」
IT/IPプラットフォーム「KAIROS」
この複雑なルーティングを支え、高品質な映像制作を実現した中核機材が、パナソニック コネクト社のIT/IPプラットフォーム「KAIROS(ケイロス)」です。
💡KAIROS:
パナソニック コネクト社が開発したIT/IPプラットフォーム 。従来の専用ハードウェアに依存せず、CPU/GPUの処理能力を活用するソフトウェアベースの次世代ライブ映像制作システム 。解像度やフォーマットの制約を受けず、GPUパワーの許す限り無制限にレイヤーを重ねるなど、多彩な映像表現をリアルタイムかつ低遅延で行えるのが特徴。
ネットワーク技術に精通する田井氏は、KAIROSの有用性を技術的な視点からこう紐解きます。
「KAIROSの最大の強みは、ネットワークを使った映像伝送を直接受けられる点です。今回は専用線ではなく公衆回線を使用し、圧縮コーデックで送られてきた映像をKAIROSで受けて処理しました 。さまざまなフォーマットが混在していても変換なしで統合できるため、システムが非常にシンプルになります。」
KAIROSは、従来のハードウェアベースのスイッチャーとは一線を画す、ソフトウェアベースの次世代ライブ映像制作プラットフォームです。SDIやHDMIなどのベースバンド信号だけでなく、ST2110やNDI®、Video over IPなどのIPパケットもフルサポートし、解像度やフレームレートに依存しない柔軟な入出力を実現します。
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さらに、GPUパワーの許す限りレイヤー(ME数・KEY数)を無制限に重ねることができ、多彩な映像ソースを用いた複雑で高度な映像表現を低遅延で出力可能です。
リモート環境からのオペレーションにも対応しているため、今回のような遠隔地を繋ぐリモートプロダクションにおいては、まさに不可欠な存在と言えます。
現場の難所——「人は水の塊」電波の障壁
屋外かつ大混雑するお祭りの現場において、最大の課題となったのが「通信ネットワークの安定化」でした。
専用の光回線を何本も敷設することはコスト的に不可能であり、キリコの巡行ルートにケーブルを渡すこともできません。そこでシーマは、衛星通信網と可搬式Wi-Fiアクセスポイントを組み合わせた独自のエリア構築を行いました。
田井氏は技術的な観点から、衛星通信の運用について次のように解説します。
「今回は一般光ファイバー回線や携帯通信・衛星回線等の不安定な公衆回線を使用しました。そこをいかにシステム運用で目立たなくさせるかが工夫のしどころでした。
2日目は撮影エリアが限定的だったため、ピンポイントで強力なWi-Fiエリアを構築し、良好な画質と安定性を確保できました。」
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一方、上野氏は現地での電波の振る舞いについて実感を込めて語ります。
「リハーサルでどれだけ電波状況が良くても、本番になって大勢の観客が入ると状況が一変します 。人間は水分の塊ですから、電波を吸収してしまう『最大の邪魔者』になってしまうんです。お祭りを撮りたいのに人が障害になるという矛盾と戦いながら、アンテナの位置や高さを調整して見通しを確保しました。」
インフラの進化がもたらすプロAVと空間デザインの未来像
取材の締めくくりとして、お二人にこれからの展望を伺いました。
上野氏は、現場のオペレーション視点から次のように語ります。
「天井から大量のLANケーブルが垂れ下がっているような現状を脱し、ファイバー1本で安価かつスマートに繋がる仕組みをさらに追求したいですね。機材接続やセッティングの省力化が進めば、現場のスタッフは創造的な演出業務により集中できるようになります。」
田井氏は、「施設側のインフラ整備」の重要性を提案します。
「今後建設されるスタジアムやアリーナ、展示場などは、最初から近隣施設同士を大容量光ファイバーで相互接続しておいてほしいですね。フランスのオリンピックで近接する2つのアリーナを光接続して一体運用した事例のように 、施設間のインフラが整えば、巨大な中継車を呼ばずとも内部配信設備だけで複数会場をまたぐ高度な共同イベントや映像演出が可能になります。」
どのような空間演出が、どのような場所・人にもたらせるか
シーマ社が「あばれ祭」で実証したリモートプロダクション技術と、KAIROSを始めとするIPベースのインフラ。それは、「地理的・物理的・金銭的な障害を解決した次世代の映像配信」の実現を期待させるものでした。これまで莫大な予算や大掛かりな専用回線がなければ実現できなかった映像配信を、安価かつ省人的に実施すことが可能になります。
通信と映像技術の進化は、単に画面越しに映像を見せるにとどまりません。遠く離れた場所にいる人々に対しても、現地の歓声、熱気、そして文化の息遣いをそのまま共有させ、強い一体感と感動をもたらします。
プロAV技術がもたらすこの「境界なき感動の共有」は、今後の地域創生、グローバルイベント、そして新しい働き方におけるコミュニケーションのあり方を劇的に変化させていくでしょう。











映像や空間演出を手掛けるプロデューサー兼ディレクター。
ProAV Picksでは各種展示会や製品情報のレポートを中心に紹介。